大河ドラマ「光る君へ」の舞台・平安時代はいつから始まった?分かりやすく解説!

大河ドラマ

2024年の大河ドラマ「光る君へ」の舞台となる平安時代について解説していきます。

今回は平安時代の始まりについてです。

平安時代はいつから始まった?

鳴くよ(794)ウグイス平安京」のごろ合わせで有名なように794年に始まったとされる平安京。

では794年にいったい何したんだ?ってことまで理解している人は少ないはず。

以下の出来事によって平安京となりました。

● 都(天皇の居場所・政府の場所)を現在の京都市に移した
● 都を移したのは桓武天皇という人
 

昔は天皇が政治をしていたので、「天皇の居場所」=「政府の場所」となりますね。

現在の日本だと政治の中心地は東京都ですが、例えば東京から大阪に国会議事堂を移して、大阪で政治をするみたいな感じですね。

京都市にあった都が「平安京」という名前であったので、「平安時代」というわけですね。

最終的に、平安時代は794年から鎌倉幕府が始まる1192年ごろまで約400年間続きました。

なぜ都を京都市に移したのかは次の章で解説していきます。

なぜ平安京に遷都した?

平安京(現、京都市)に都を移す前は、都は平城京(現、奈良市)にありました。(簡単のため長岡京については省略)

ではなぜわざわざ平安京に都を移したのでしょうか?

理由は諸説あるようですが、主な理由として考えられているのは以下の通りです。

政治を安定させるために
●仏教の力を弱めるため
●天皇の力を高めるため

平安京に遷都する前は政治が不安定だったため、遷都することで政治を安定させようとしました。

各項目について解説していきます。

仏教の力を弱めるため

平安京へ遷都した理由として「仏教の力を弱めるため」があります。

平安京前の時代(奈良時代)では、国をまとめるために仏教を利用していました。

主な仏教の活用としては「奈良の大仏を建立」が挙げられます。

ただ仏教の活用にも弊害があり、

仏教僧侶が権力を持つことに繋がり、政治が混迷した

そのため従来のしがらみから逃れ、政治を安定させるため、平安京へ遷都したというわけです。

現代でも同様の問題があり、自民党と旧統一教会の関係性が問題となりましたね。

昔の人は関係を断とうとしたのに、現代の政治家は宗教と関係を断てるのか見どころです。

天皇の力を高めるため

先ほど説明したように、奈良時代では仏教を中心とした政治をしていました。

仏教中心の政治から脱却するため、律令制(つまり法律を定めて政治をする)の政治を目指しました。

天皇を中心とした貴族階級が政治を執り行うことで、天皇の権威を高めようとしました。

まとめ

今回は平安京がいつ・なぜ始まったのかを解説してきました。

大河ドラマを理解する一助になれば!

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